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ウチナーヤマトゥグチ

 投稿者:Ichiroメール  投稿日:2009年 4月 4日(土)06時52分39秒
編集済
  こんにちは、Ichiroと申します。

 ウチナーヤマトゥグチに関してレキオ社の「おばーが笑ってブイV」 平成14年 という本の後に方言監修をした人の言葉がある。

 >おばぁ達の話言葉が、すべてウチナーヤマトゥ口(沖縄方言と標準語の混合語)であることは既に承知の上であったが、細部についての確認作業を始めて驚いた。元よりウチナーヤマトゥ口に一定の決まりはないが、おばぁ達の方言と標準語の混ぜ具合が、実に百人百様であり、明らかに自分なりにミックスしたと思える形容詞や副詞までも飛び出してきた。
 浜崎盛久氏の言葉である。

 若い人のことは、私はよくわかりません。私はこの本のヤブーから瀉血してもらうおばぁの真に迫ったウチナーヤマトゥ口を、瀉血を紹介した文章に引用しました。
 
 

ウチナーヤマトゥグチだとさ。

 投稿者:アゲィナア@管理人  投稿日:2008年10月27日(月)20時43分32秒
  今日の昼過ぎのNHKテレビのニュース番組の中で、「ウチナーヤマトゥグチ」というものが沖縄の放送局からのレポートとして紹介されていた。

いまや完全なウチナーグチ(沖縄方言)は、50歳代以上の年代でしか使われなくなっているが、その代わり若い世代では「ウチナーヤマトゥグチ」なるモノが広く使われているようになっている、とレポートしている。

例えばと次の3語を挙げている。
 ○○バ-?
 チムい
 チバる

「○○バ-?」は、人に何かを尋ねる場合の「○○か?」の意味だという。
確かに本島方言でも、「○○バ-イ?」と言って、「○○の事か?」の意味で使う。だが、それは疑問形の極一部であって、全ての場合に「バー?」を使うわけではない。
「チムい」は「チムグルサン」(気の毒だ)から来て、「可哀想」の意味だという。
「チバる」は例の「チバリヨー」から来て、「頑張る」の意味だとする。
このレポートを見ると、如何に「ウチナーグチ」が支離滅裂な状況に成っているかを、私は感じさせられる。これをNHKは褒めそやすように報道しているのである。

だが私は、こんな言葉を使うくらいなら完全にウチナーグチを捨てて、ヤマトゥグチを習得するほうがずっと意義があると思う。なぜなら、ウチナーヤマトゥグチなるモノは、我々方言世代には意味が通じにくいし、聞いてても気色悪い。またこの言葉では、ヤマトゥンチュ相手でも、言いたい事が十分には伝わらないだろうと思うからだ。
こんな言葉が堂々と沖縄の若者の間で使われると成ると、沖縄の若者は大和人との間で議論になった場合、太刀打ち出来なくなると思う。長期的に見れば、沖縄人の知的水準を益々低落させると危惧する。

画面に出てきた琉球大学の某教授が、この沖縄の若者に蔓延しつつある「不可解言葉」を讃えるようなコメントを述べていた。自分をテレビに出してくれたNHKへのお追従で言ったのか。あるいは本心なのか。私から見ればあきれ果てさせるコメントである。きっとこの教授も方言を話さずに育った世代なのだろう。
 

登り川誠仁の言ってること

 投稿者:アゲィナア@管理人  投稿日:2008年10月26日(日)03時31分37秒
編集済
  誠ぐぁーこと登川誠仁は、自伝本を出版している。(「登川誠仁自伝・オキナワをうたう」新潮社2002.7月)無学だから自分で執筆したのでなく、ライターが聞き書きしたものである。その後書きに、沖縄民謡のエッセンスというべきものについて、彼の考え方というか感覚が述べられている。


「私は今の沖縄の歌を耳にしながら、焦りのようなものを感じています。その大きな一つが『ウチナー口』の衰退です。ウチナー口なくしてウチナーの歌はありえない。」

「標準語というのは、意味さえわかればいい。民謡とはまるで関係ありません。面白いことに民謡をうたっている人でも、ふだん標準語を使い馴れている方の場合、とても沖縄の歌に聞こえないことがあります。形だけのウチナー口だけしかできないからです。」

「標準語の上手な人は、沖縄の歌に全然乗り切っていないところがある。沖縄の言葉になっていない。」

「私は学校というものにまるで縁がありませんでした。ウチナー口使い放題の誠ぐぁーでした。今となってはそんな人間が『貴重』だと言われるのですから・・・」


今、沖縄民謡界の頂点にある人がこんなことを言ってる。つまり、私の主張と同じ事を、登り川誠仁は言い方を変えて言ってるのである。山里ユキも、あと10年くらいで本当の沖縄民謡はなくなるよ、と言っていた。この二人に限らず、本物の民謡を知っているウチナーンチュは皆同じ感慨を抱いているだろう。
 

ヤマトゥンチュの民謡大いに結構

 投稿者:アゲィナア@管理人  投稿日:2008年10月10日(金)07時08分32秒
  >収奪者「ただいつ」よ
>あんたら幼稚園児以下の思考回路だよ。民謡には人生の教えや励ましになる歌も多く 土着ばかりが民謡では無い…それぞれの思いや人生観で生活を歌い…

最後っ屁を放ち、自分のカキコのすべてを削除して消えてた収奪者のお前が、今更オレに説教する事なのか?お前が言ってる事は当然の事であって、過去のやり取りでオレが言って来た事ではないのか?
土着性というものは、沖縄民謡に限らず全民謡の『核』というべきもので、肝心カナメの要素であり、沖縄民謡においては大和人に欠落している要素であるから、大和人は沖縄芸能の「担い手」には成れない、と言ったのである。大和人が沖縄民謡やエイサーを楽しむ事を否定したのではない。

その事は、別の掲示板及びこの掲示板の冒頭の所(p17)でオレが言った事である。それに対して、「ただいつ」を含めて大勢の沖縄民謡愛好ヤマトゥンチュが、逆切れして噛み付いて来たのだが、オレはそれに対して、その態度は収奪者根性の顕れだとやり返した。
これが数年前からのイキサツである。


今さらに、「収奪者」のふざけたカキコにまともに答える事をしてしまったが、関西人さんという「大正エイサー」の理解者が現れたので、説明の意味もあって答えたのである。
 

ワイは管理人やで~

 投稿者:アゲィナア@管理人  投稿日:2008年10月 9日(木)23時23分36秒
編集済
  関西人さん、コメント有難うございます。

私は管理人だから、絶対ではないですが、このコメントは誰が投稿したか大体特定できます。この掲示板はそういう仕組みになってます。山本 明大は違う可能性ありますが、納税者・自由民謡党、益田盛男、ぎまは「ただいつ」と同一人物の可能性極めて高いです。

不毛の戦争を大和人と沖縄人が繰り広げていて、みっともないと思われるのは分りますが、この「ただいつ」とは3・4年前からの経緯があります。私がこの者を罵るのには、それなりの訳が在ると云う事です。ここで、この消耗戦を止めたら、(しょせん掲示板上であっても) 誰が勝利すると思いますか?日本人の絶対的多数派で、沖縄に植民している大和人・「ただいつ」の勝ちになるのです。終わってもらいたいと思うのは、あなたが大和人だからではないでしょうか?

>大正エイサー
この存在を今年になってから知りました。創始者の人とも面談する機会を得ましたが、彼によると、年月を経て、有名になって規模が大きくなるに連れて、「やり甲斐」というものが薄くなる気がすると言ってました。持て囃されるに比例してその意義に疑問を生じてくるというようなことを言ってました。また現実面でも、費用がかさみメンバーの負担が大変だそうですよ。

結局、「エイサー」がヤマトゥンチュに知られて来るに従って、33年の歴史ある「大正エイサー」も、ヤマトゥンチュによる沖縄の土着芸能収奪の波に流されつつある、との解釈を私はしてしまいます。
 

アゲの方こそ失礼

 投稿者:納税者  投稿日:2008年10月 9日(木)21時48分50秒
  土着を取り上げている掲示板なら歌意やその土地 歌の歴史はある程度知っているから歌える訳でして。 意味もわからず歌い 掲示板で意見交換しようと書き込んでくださる方々に噛み付いて批評を繰り返すアゲの方こそ 失礼極まりない行為。
関西人? ああそうですか。そりゃ良かったですね。わざわざ名乗っていただいて恐縮です。

アゲとわじわじーよ。 無知ならもう少し勉強してから意見するように。あんたら幼稚園児以下の思考回路だよ。民謡には人生の教えや励ましになる歌も多く 土着ばかりが民謡では無いんですよ。その人 それぞれの思いや人生観で生活を歌い 楽しみ 悲しみ  想い 奮い立たせているんです。そんな方々の意見を尽く批評するとは世間に立てない陰湿な人間のする事。さらに「ただいつ」なるものと決め付けられるのもいかがなものか。
 

えらい荒れてるなぁ~

 投稿者:関西人  投稿日:2008年10月 9日(木)18時29分26秒
  まるで民族戦争やな。質問と無知のカキコ、エライ失礼や。
県民税?当たり前やろ義務や。わざわざ名乗るな!!
批評する者すべて同一人物とはアゲやんらしいが、納税者・自由民謡党、益田盛男、山本明大、ぎまは「ただいつ」とちゃうと思うで。

わじわじーさん

大正エイサー、補足しときまっさ。下記は昨年のパンフレット(寄付100円)に寄稿された文の一部分を抜粋したものや。

―(中略)

今から35年程前、1972年「沖縄の本土復帰」前後の一時代、沖縄青年達の生命の炎が、本土社会の冷たい風にゆらぎ、時には吹き消されたりした。

拘置所の独房で「生きる希望がわいてこない」と遺書を残した、宮古島出身青年Y君。(集団就職で大阪にやってきた。雇い主とトラブルで放火殺人)沖縄をかくし通した果てに「沖縄娘として生きたかった」と遺書につづられたその青春が、週刊誌に大きく報じられたS子さん。 本土での言葉遣いや、人間関係になじめず、周囲の説得もかなわず、線路に飛び込んだ青年の遺骨を抱いた母親が、これ又、帰路の船上から海へ飛び込む。  せっぱつまった沖縄青年達が、次々と引き起す、郵便強盗に銀行強盗・・・・・・・ Y君の亡骸を前に「沖縄青年の誇りを取り戻さねば」と決意を固めた青年達により始められた『エイサー祭り』が、もう33回を数える。
            ―(中略)

誤解を恐れず、批難を承知であえて言いたい。お祭り騒ぎのエイサー祭りならごめんこうむる。また、そのような思いで来場するならやめて欲しい。むしろ遠慮を願い、ご帰宅を願う。商売人も同様。  33回の歴史の中で、様々な議論や葛藤を交わしながら続けてきた様子である。(当事者でない者がこのようなこと書くのも躊躇したが)こうした先輩、先達からの歴史を続けてきたエイサー祭りだからこそ、私はここで舞うエイサーは、今生きている人が謙虚になって、うやふぁふじ(ご先祖様)の見守りを感謝し、畏敬の念を表す作業になってほしいのである。そこには踊る人も観客も主催者もない。健常者も障碍者も踊りの上手な人もヘタな人もヤマトンチューもウチナーンチューもない。ウチナー1世も2世も3世も関係ない。―(後略)

大正エイサーの原点ここにあり。ヤマトゥンチュー・ウチナーンチュー、しょうもない消耗戦は終わりやで・・・・。
 

的外れの質問状

 投稿者:アゲィナア@管理人  投稿日:2008年10月 9日(木)10時19分4秒
  この収奪者が前々回のカキコで、10の問いを浴びせているが、仲宗根幸市など研究者の書いたものを本で読んだのだろう。
これは学究の成果であり貴重なものに違いないが、郷土芸能その物ではない。
登川誠仁や嘉手刈林昌、具志堅京子などの大御所に質問しても半分も答えられないだろう。
こういう知識は民謡愛好者にとり、知っていればタメになるという程のものであり、不可欠なものではない。

この「ただいつ」という収奪者は、愚かにもそんな物で、沖縄の郷土芸能を支配下に収めたようなモノの言い方をしている。
この収奪者の唄う「ウチナー唄」はおそらく、聴く者が聴けば、ヤマトゥ的厭らしさのこもった響きが有るだろう。
 

収奪者丸出し

 投稿者:アゲィナア@管理人  投稿日:2008年10月 9日(木)09時11分17秒
  中傷合戦に持ち込むのがアラシの目論見であり、これに乗ってしまうのはとぴ主としては格好いいものでないが、収奪者の特質を暴くためには致し方ない。
「収奪者」「植民者」の特徴は、収奪したい土地に乗り込んで、当地に関する知識を地元民よりも詳しく身に付けようとする努力を惜しまないことだろう。特に沖縄人みたいに、経済的政治的に大和に支配され、気性的にも無防備な民族集団の中においては、収奪者は何の困難もなくそれを実行できるだろうし、この上ない快楽だろう。

実に、この「ただいつ」という在沖大和人はその典型的「大和人入植者」である。もう何年も沖縄に住み、民謡教室に通ってコンクールでも賞を取り、沖縄民謡に関する本を何冊も読んでウチナーンチュ相手に講釈をし、豊見城の具志堅京子のソバ屋では、発表会で上手く演奏してウチナーンチュたちを感心させたりして、「大和人入植者」として充実した生活を送っている・・・。
というのが、オレの資料に残っている、「沖縄県へ県民税を納税している者」=「ただいつ」の記録である。そんなえげつないヤマトゥーグァーに、「中前入り口」も知らないかといわれても罵られてもなんとも思わない。
 

無知

 投稿者:沖縄県へ県民税を納税している者  投稿日:2008年10月 9日(木)02時11分55秒
  中前入り口も知らないのに 民謡を語るな・ このニセモノ!
仲宗根さんの本買って もっと勉強してから発言しろ!
この うつ病野郎め!
 

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